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105 広告に見る虚実 〜 “MAD MEN”と“GOOD PERSONS”のあいだ

雑誌『広告』

広告は“虚業”だと言われる。実体のないイカサマのような商売ということだ。筆者を含め関係者にとってうれしくない話だが、これは実話である。

なんとなくそうだと思っていた人も、ものは試しだ。「広告・虚業」で検索してみてほしい。耳の痛い情報が山ほどヒットするだろう。

読んでいくと興味深い。ある情報によれば、広告代理業は虚業どころか、世の中の“黒幕”なのだと言う。社会を裏側から牛耳っているらしい。

「そこまでの実力、あっただろうか?」

長年この業界に接している者なら首をかしげてしまう。もちろん、ネットに出てくる情報自体が“虚(フェイク)”である可能性もある。鵜呑みにするのは考えものだ。しかし、多くの人が広告を“虚業”だと考えている以上、そこにはなんらかの理由があるはずだろう。

本稿では、なぜ、広告は“虚業”なのか?(そう言われるのか?)。広告が“実業”へと反転する可能性はないのかを考察してみたい。広告の虚実を考えることは、このビジネスの「真」に迫ることにほかならない。


異色の広告ドラマ「MAD MEN」が教えてくれること

「MAD MEN」(2007〜2015年)というTVドラマシリーズがある。地味な作風ながらアメリカで大ヒットし、各シーズンが終わるごとにエミー賞、ゴールデングローブ賞などを総なめにした作品である。これが異色のドラマなのは、1960年代の米広告業界を舞台にしているところだ。

広告関係者は絶対見たほうがいい。なぜなら全7シーズンから成るこの大長編は「虚実」をテーマに、広告というビジネスの本質と人間の本性に迫ろうとした傑作だからだ。

描かれる時代は現代広告の揺籃期。伝説のエージェンシー・DDBによるクリエイティブ革命が起こった頃。NYのマディソン街には多くの有名広告会社がオフィスを構え、しのぎを削っていた。

当時はアメリカも高度成長期。「黄金の60年代」と言われた時代だ。広告人たちはギラギラの欲望をむき出しにして仕事に励み、その地名(Madison Avenue)と浮ついた流行ビジネスのイメージを掛け合わせて、世間からは“MAD MEN”と揶揄されていた。「怪しいヤツら」というわけだ。

実際本作では、オフィスでの喫煙・飲酒、ドラッグ、女性蔑視と人種差別、不倫に横領、裏取引など数々の不道徳・不品行が、これでもかと言うほどあからさまに描かれる。

主人公の名はドン・ドレイパー。コピーライター上がりのクリエイティブディレクターである。「MAD MEN」には多くの広告会社、広告主が実名で登場するが、主人公ドレイパーは「スターリング・クーパー社」という架空の広告エージェンシーに勤めている設定である。

この男の描き方がすごい。表向きは洗練された身のこなしでユーモアのセンスもあり、誠実な印象を与える人物だが、暗い過去を持つ。実は朝鮮戦争での脱走兵であり、戦闘で死亡した仲間になりすまして広告会社に籍を置いている。つまり、アイデンティティを喪失した“虚の人生”を生きている。

そして作中では、彼が“虚の男”であるがゆえに、クリエイターとして素晴らしい才能を発揮していることが示唆される。

彼が担当するクライアントはワケありだ。健康被害で世間からバッシングされるタバコ会社に経営の傾いた老舗百貨店、若いケネディの勢いに押される大統領選候補ニクソンの陣営など、みんな実業での大きな課題を抱えている。

「ドン・ドレイパーなら、素晴らしい虚の物語を紡いで、われわれのブランドイメージを変えてくれる!」。クライアントはそんな期待と思惑から彼のオフィスを訪れるのである。

曲者ぞろいのクライアントによる無茶ぶりにプレッシャーを感じながら、主人公が数々の案件を成功(ときに失敗)に導くプロセスが、毎回のエピソードの見どころになっている。

だが、本作がドラマとして優れているのは、「ドン・ドレイパー」という人物に、広告産業そのもの(そして米国の1960年代)を重ね合わせて描こうとしたところだろう。つまり“広告=MAD MEN”なのだ。

後ろめたい過去を持つ以外の点で、ドレイパー自身は“GOOD MAN”である。社会常識や一般教養もあり、仕事がデキる上司でもあり、男女関係のゴタゴタもありつつ家族を愛する島耕作的なミドル。現代の広告会社でも見かけそうな“普通の人”だ。

だが、それは表向きの顔。彼はどうあがいても広告という「虚の構造」から逃れることができない。偽りの人生を生きていることでやがて家庭は崩壊、社内でも追い詰められていく。なすすべもなく仕事と時代に流される男の10年を、当時の文化・風俗も鮮やかに再現しながらリアルに描いたことで、このドラマには独特の深みが宿っている。

ウソをついてもバレるものです

「MAD MEN」はアメリカを舞台にしたフィクションだが、日本にも広告業界の“虚の闇”を感じさせる実話が存在する。

1973年、天才の名をほしいままにしたひとりのCMディレクターが、みずから命を絶った。杉山登志という人物だ。

杉山の功績については拙著『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』に詳述したので、気になる方はご一読を願いたい。ここでは彼が残した有名なメモ(遺書)を紹介しよう。このメモには広告という魔物と戦った男の孤独な内面が記録されている。

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2022年3月1日に発行された雑誌『広告』虚実特集号(Vol.416)の全記事を公開しています。

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博報堂が発行する雑誌。「いいものをつくる、とは何か?」を思索する“視点のカタログ”として2019年にリニューアル創刊。クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナーの小野直紀が編集長を務める。最新号の特集は「虚実」。