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現代の広告における虚実皮膜とは

雑誌『広告』

クリエイティブディレクター 清水恵介 × 福部明浩 × 細川美和子 × 編集者・銀河ライター 河尻亨一
『広告』虚実特集号イベントレポート

3月1日に発売された雑誌『広告』虚実特集号にかかわりの深い方々をお招きし、オンラインでのトークイベントを開催しました。今回は、3月28日に本屋B&Bの主催で行なわれたイベントレポートをお届けします。テーマは、近松門左衛門が提唱したと言われる芸術論「虚実皮膜」。広告会社の役割や広告クリエイティブのあり方が様変わりしている現代において、広告における虚実皮膜とはどんなものなのか? 広告業界の第一線で活躍するクリエイティブディレクターの清水恵介さん、福部明浩さん、細川美和子さんの3名をゲストに、モデレーターには河尻亨一さんをお迎えし、現代の広告における虚実皮膜について語り合っていただきました。

虚と実が入り混じる現代の広告やコンテンツ

河尻:雑誌『広告』に、「広告にとっての虚実とは?」という文章を寄稿しました。何がホントで何がフェイクかわかりづらいこの時代、そのテーマを掘り下げることは重要だと思います。そもそも昔から、広告というビジネスには世間的に「虚業」というイメージが付きまとうんですね。それはなぜなのか?

世界の最新動向に目を向けると、現代の広告産業には、そんなバッドイメージからの脱却が求められていますし、様々な取り組みが進んでいます。とはいえ「実業」化すればいいのか? と言えばそんな単純な話でもない。広告というのはクライアントワークですから、主語としての”実体性”を獲得しづらいんですね。

私の記事のほうでは「虚実皮膜」というキーワードで未来への展望を示唆しようとしたのですが、考えてみればいつの時代も、それは優れた表現に宿るエッセンスだったりもする。掘り下げれば掘り下げるほど、おもしろいテーマです。

そこで今日は、クリエイティブの一線で活躍されているみなさんに、この「虚実」というテーマをどう考えるか、現場的な実感をうかがってみたいと。

まずはみなさん、自己紹介をお願いできますか。「虚実」というテーマについて、どう考えているかもひとこと添えていただけたらと思います。では、清水さんから。

清水:僕はTBWA\HAKUHODOに所属しアートディレクターとして広告を制作し続けてきて、2019年11月から「THE FIRST TAKE(以下、TFT)」の企画・クリエイティブディレクションを手がけています。TFTはアーティストの一発撮りのパフォーマンスを鮮明に切り取るYouTubeチャンネルです。特徴は、スタジオに複数台の定点カメラを設置し、アーティストだけになってもらい、パフォーマンスをしていただく環境にしていること。これまで250曲以上の収録をし、すべての撮影に立ち会っているのですが、毎回アーティストのエネルギーからたくさんの刺激を受けていて、これからの仕事に何か活かせるのではないかと思っているところです。

河尻:「虚実」というテーマは、どんな風に捉えていますか。

清水:僕はドキュメンタリーがもともと好きで、TFTも音楽ドキュメンタリーであると思っています。ただ、ドキュメンタリーは、どういうものを制作しようかと企画というものをしている時点で「虚」でもあると言えると思うんですよね。「実」は、人が伝達しようとする意識を超えたものというイメージです。たとえば、コントロールできない台風などの自然事象の映像は、作為的ではありません。それくらい極端に事実なものでないと「実」ではないという考えです。そんな「虚」と「実」の割合を決めていき作品に落とし込むのが、僕の仕事なのだと思っています。

河尻:清水さんのなかに「虚」と「実」をデザインしている感覚があるんですね。のちほど、詳しく聞かせていただけたらと思います。では、次は細川さんお願いします。

細川:さかのぼって話すと、大学の頃は文化人類学を専攻していました。大学院に進むつもりだったのに、なぜ、広告業界で働いているのだろうと思っていた頃もあったのですが、いまは一周回って、学生の頃にやろうと思っていたことに近づいている気がします。仕事は、最近は大王製紙の大人用紙パンツ「アテント」の「#常識をはきかえよう」というキャンペーンや、P&Gのヘアケアブランド「パンテーン」の「#この髪どうしてだめですか」という髪型校則をテーマにしたキャンペーンなどを手がけています。河尻さんの記事(「105 広告に見る虚実」)にもあったように広告は「虚」と思われている面もありますが、私はここ数年「実」をつくることに興味があり、情熱を注いでいます。企業が広告で投げかけて「実」をつくる。そういう仕事をしていきたいと思っています。

河尻:広告がビジネスドリブンの「虚」からより広く社会目的的な「実」に向かっているという感覚はありますか?

細川:「虚業」と言われるのは、ちょっと悔しい。本当は違う力もあると信じているので、それが伝わるものをつくっていけたらいいなと思っています。

河尻:なるほど。のちほど、アテントなどの話と併せて聞かせてください。では、福部さん。清水さんと細川さんの話を聞いて、どう受け取っていますか?

福部:僕は、「虚」と「実」を明確に分けて考えていないですね。理想は、大谷翔平選手の投球フォームかもしれません。投げはじめのフォームはストレートもカーブもいっしょですが、腕を振り方はそれぞれ違うように、広告も途中まではドキュメンタリーのつくりかたといっしょだけど、途中で企業メッセージという回転をかけて違いを出していく。そんな風に広告もつくれたらいいかもしれません。

河尻:なんか答え出ちゃった感じですけど(笑)。それもひとつの正解かもしれませんね。福部さんのお仕事についてもお願いします。

福部:僕が手がける仕事は、大塚製薬の「カロリーメイト」をはじめ、マクドナルドやキリンビール、クラシエのシャンプーなど、だいたい100円から200円の商品が多い。広告を「虚」と「実」で分けて考えてはいませんが、100円の魅力を120円に見せるのはアリだけど、200円に見せるのは「虚」。そういったレイヤーの「虚実」はありますね。

「実」は「実」のままでは届かない

河尻:レイヤーとしての「虚実」のつくり方を教えてください。「正しい虚」というのも変な言い方ですけど、それは生み出せるのか。

福部:世の中でいちばんうまくいっている例は、サンタクロースのクリスマスプレゼントだと思います。サンタクロースほど素敵な「虚」はないですよね。みんながハッピーになる「虚」が理想です。「ハイ、これ」って淡々とプレゼントを渡されるより、嬉しいですよね。とはいえ、広告をつくるときつねに「ハッピーになれる虚を届けよう」と考えているわけではありません。

清水:福部さんの絵本『いちにちおもちゃ』などには、いまのサンタクロースの話が表れていますね。

福部:そうですね。あの絵本はつくり話だから「虚」ですが、子どもが楽しめるもの=「実」にしたいと思っていました。広告業界の人がつくる絵本は、オシャレなカフェにインテリアとして置かれているようなものが少なくないですよね(笑)。それは、僕にとってはよくない「虚」。それに対して、本来の目的に対して向かっているのはよい「虚」。人を喜ばせるために、どうしたらいいのだろうと考えて生まれる「虚」であれば、自然とみんなが嬉しいものになると思います。

河尻:それは、むしろ「虚」というより、ファンタジーというのか、虚実ないまぜの状態でしょうね。福部さんがつくる絵本は、読者となる子どもに楽しんでもらいたい、学びの機会を提供したい、という思いから物語をつくっているでしょうから、接する人の欲望を煽る「虚飾」というものはちょっと違うと思うんです。

福部:そうかもしれませんね。逆のパターンで言うと、たとえば女優さんが子どもを産み、「そのときの感動を絵本にしたい」とつくられた絵本は、たいていつまらない(笑)。子どもを産んで素晴らしいと思ったことは、確かに「実」なのですけどね。自分の「実」の思いが強すぎて見る人の目線を意識していないから、受け取る側に伝わりづらいんです。つまり「実」は「実」のままでは、届かないのだと思います。

「実」の気持ちに寄り添い「虚」にユーモアを含ませる

河尻:細川さんは、先ほど広告には「実の力もある」と話されてました。アテントのキャンペーンは、まさに“実直”で“誠実”さを感じます。こうしたリアリティ、あるいはオーセンティシティとも言うのですが、ある種の“真実”味をを表現するために「虚」の要素を表現のなかに入れていくこともあるのですか。

細川:それは、もちろんあります。

福部:アテントの広告で草彅剛さんが話すことは、ある種の「虚」ですよね。だからと言って、実際に紙おむつを使っている一般の方が登場しても、メッセージが伝わるかと言えばそうじゃない。

細川:「虚」の定義は人それぞれあるとは思いますが、草彅さんのように著名な方が伝えてくれることで、はいてみようと思ってくれる人が増えてほしいと願っています。実際、広告を見て使いはじめたという声も届いているんですよ。大切にしているのは、真面目なテーマにこそユーモアを入れること。ヒューマニティとも言えますが、そこにはこだわっています。伝える内容にもよりますが、「介護を社会化しましょう」とテレビからストレートに訴えかければ届くとは限らないんです。ユーモアを含ませて語ることは、とても大事だと思っています。

河尻:具体的にどういうプロセスで考えていかれたのですか。

細川:クライアントとのオリエンテーションで印象的だったのは、本当は紙パンツを使えば楽になるのに、これまでの常識や刷り込まれた偏見で「恥ずかしい」と思って使わない人が多く、ご自身もご家族も困っている人がいるというお話です。本当は頼っていい道具であり、頼ることで自由も手に入る。だからこそ、使ってくれる人が増えてほしいし、悩みを抱え込む人を減らしたい。そういう思いを聞いて、共感しました。

今回のテーマで言うと、「オムツが恥ずかしい」という常識が「虚」かもしれません。「オムツが恥ずかしい」という常識は、本当に常識なのか。そこから考え直して、「常識をはきかえよう」というコピーが生まれました。だけど、「全然恥ずかしくない」というのも嘘なんです。「恥ずかしいよね」という気持ちにも寄り添いながら、眼鏡のように便利な道具として、必要になった人が気軽に使えるようになったらいいな、という思いを込めています。そもそも、紙パンツは「高齢者が使うもの」というのも思い込みなのです。紙パンツの歴史は、宇宙飛行士が使うために開発されたと言われていますし。

河尻:それは初耳。最初は宇宙飛行士が使っていた?

細川:宇宙での排泄物処理のため吸水体が開発され、その技術を応用して大人用から子ども用まで様々な紙パンツが誕生したそうです。手術中にお手洗いに行けない外科医も利用することがあるそうです。そういった話を聞くと、恥ずかしいという気持ちが少し薄まりますよね。若い人でも、病気で必要になる人もいます。だからこそ、「恥ずかしい」という気持ちを少しでも取り除き、その固定概念から変えていきたいと、クライアントも私たち制作チームも思っています。

河尻:広告では「オムツじゃなくてパンツと呼ぼう」と呼びかけていますよね。僕たちはオムツに対して「恥ずかしい」「乳幼児が使うもの」といった先入観を持っていたわけですが、オムツをパンツと呼ぶことも厳密に言えば別の「虚」でもある。文化人類学的じゃないですけど、「オムツ」という記号と「パンツ」という記号では異なるイメージを相手に喚起するという意味では。

でも、広告表現はそれを活用していくことが大事でもあって、いままでとは違った風景を見せてあげたり、宇宙飛行士でも使っていた事実を伝えたりすることで、オムツという記号の見え方を「実」のほうに寄せていこう、という試みをされているのかな、と思いました。極端に言うと、先ほどの福部さんが話したサンタクロースの話に近い。

細川:そうですね。私もそう思っていました。サンタクロースのように、こういうことがあったらいいなという気持ちから生まれる嘘。「虚」と言えば「虚」ではありますが。

真実性の議論が生まれる虚と実の絶妙なバランス

河尻:聞いていると、福部さんも細川さんも、虚実のバランス感覚がいいというか、表現されたものである以上、最終的にはフィクションでありつつ、そこに説得力だったり、実効性だったりを生み出すことに長けている気がします。

清水さんも、そのあたりを自覚的にコントロールしているのではないでしょうか。とくにミュージシャンには、「虚」のイメージが少なからずあります。「虚」が悪いわけではないのですが、それをリアリティのあるものにするために、どうやってコントロールしているのでしょうか。

清水:僕はデザインの仕事をしているとき、「コト」や「モノ」をどうビジュアルにしたら、「虚」的や「実」的になるのかとつねに考えるようにしています。福部さんが先ほど言ったようなオシャレなカフェに置かれる絵本のような、表層的な表現になるのはどうしてなのか。もっと本質的なビジュアルにするには、どういう瞬間を撮影すればいいんだろうか、とか。その考えが、TFTにつながっています。

たとえば、ガラスのコップがテーブルの上にある状態と、宙に浮いている状態があるとしたら、テーブルの上にあるのが僕にとっては「実」。宙に浮いているというのは、フィクションなので「虚」。同じテーブルの上でも、テーブルの端ギリギリに置いてある、落ちそうで落ちない絶妙なバランスを保っている状態が、「虚」と「実」の合間の「虚実皮膜」みたいな部分で、そこを表現することが僕はおもしろいと思っています。

河尻:見る人がゾクゾクするところですね。

清水:そうです。緊張感が生まれる“境目”の部分です。コップがテーブルの真ん中に置かれているだけでは真実性について議論にもならない。一方、宙に浮いているとフィクションだよね、となる。だけど、落ちそうで落ちないような絶妙な表現に対しては、真実性の議論が生まれてくるはずです。それを、どうやってデザインするか。これは本当にバランスを保っている「実」なものなのか、「虚」なのか。真実性を感じさせるような、「虚」と「実」のバランスをどうとるか。それはアートディレクションの仕事を通じてこれまでずっと考えてきたことです。

河尻:カンヌライオンズの審査会でもよく言われていますが、オーセンティックというものですよね。真実ではなく、真実性。オーセンティシティは、どうやったらつくれるものだと思いますか。

清水:TFTの場合、定点カメラで撮ることが、ある種の信頼感につながっていると思います。要するに、制作者が意図的にコントロールしていないことが伝わる状態にしているのです。アンディ・ウォーホールが制作した映画『エンパイア』は、エンパイア・ステート・ビルディングを8時間にわたって定点カメラで撮り続けた作品ですが、カメラを設置したあと、アンディはその場からいなくなる。制作者側の主体性や意図を消してコントロールできない状態にすることで、映像による実性をコンセプトとしたアートにしているのです。

TFTも、アーティストをカメラで追ったりしません。カメラのフレームからはずれて、何も映っていないことも、僕は実性だと思い、大事に取り入れています。とはいえ、一発撮りだからといって全部が「実」かと言えば、そうではありません。収録したものを編集している時点で「虚」でもある。でも、「実」が多いほうがいいとも限らない。このケースでは「虚」と「実」の割合はこのくらいがちょうどいい。そんなバランスを撮影のときは考えています。

河尻:その「虚」と「実」のバランスは、どうやってディレクションしてます?

清水:先ほど話した、コップをテーブルの端ギリギリに置くという考え方に近いです。たとえば、ある女性アーティストのTFTは、彼女の目がちょうど映らないところに定点カメラを設定し、頭を下げたときにだけ目が映るようにしました。どの瞬間に頭を下げて、彼女の目がアングルに入ってくるかは、誰もわかりません。そういった、予定不調和なものが映ったと思ったら、そのシーンは逃さず使うようにしています。

河尻:編集のとき、相当多くの素材を見ていますよね。

清水:だいたい5〜10台のカメラで撮影しているのですが、収録時に気をつけて全素材を見ています。みなさんそうなのですが、無意識に足が動いていたり、自分で把握していない動きをしていることが多いんです。そんな本人さえもコントロールしきれていない動きに真実性を感じるので、そこを切り取りたいと思っています。誰もコントロールしきれないものを撮ることで、「虚」と「実」のバランスさえも意図していないものになっていくことを望んでいるんです。

フィクションのほうが伝わりやすいこともある

河尻:もうワンレイヤー深めたいのは、「虚実」というテーマの料理の仕方について。1980年代のバブルの頃、広告は「虚」だとわかっているものでも通用していました。いや、いまでも結構そういうところがあります。誇張のうまさを競い合うというか、時代のなかでイケてる記号の組み合わせを探し合う。そうやってブームをつくっていくわけです。で、飽きられたら次に行く。そうやって消費社会の歯車を大きく回してきました。

しかしだんだんと大げさな表現が効かなくなってきて、われわれの世代はもう少し表現にリアリティや真実味があるものが求められるようになってきている。「サステナブル」や「D&I」などの価値観、世界の広告業界が目下熱心に推進している「パーパス」などの理念が、時代の新しいOSになりはじめています。

実はそれらにもある種のフィクション性が含まれているのですが、いまはさらに「実」を求める傾向が強くなり、どんどんそちらのほうに流れている気がしています。もしそうだとしたら、なぜ、そういう時代になっているのだと思いますか。

福部:TUGBOATの岡康道さんが広告業界のスターになった時代は、いまよりも世の中に明るさがあったのだと思います。いまは、現実に辛さがある。Twitterではつねに誰かがケンカしていて、インスタではみんなが現実を盛っている。だから、「実」っぽいことが求められるのだと思います。だけど、それはルック(見た目)を実っぽくすることではないと思う。出演者全員が人形に扮して話すNHKのトーク番組「ねほりんぱほりん」は、あのルックだから一般の方の赤裸々なエピソードを素直に聞くことができるのだと思います。

河尻:確かに「ねほりんぱほりん」はおもしろいですね。「実」が生々しくなりすぎない演出が。

福部:もし、ゲストが顔出しをして出演していたら、話す内容以外のこと、たとえば「顔の雰囲気がちょっと苦手」とか余計なことを考えてしまう。だから、サンタクロースのように架空のルックであることが大事なんです。「実」を「実」まま出すのではなく、フィクションがあるほうが本質を受け取りやすいのかもしれません。

小野:ちょっと僕からもいいですか。

河尻:姿は見えないけど『広告』編集長の小野さんです、どうぞ。

小野:いまのお話を聞いていてまさに、と思って。NHKの「ねほりんぱほりん」とフジテレビの「ザ・ノンフィクション」は、両方ともリアルなことを話しているんですけど、「ザ・ノンフィクション」は炎上しやすいんですよね。Twitterを見ていると、「ノンフィクションに出演している人に共感できない」といった声がある一方で、「ねほりんぱほりん」は、あのルックのおかげなのか、見ている人たちが優しいんです。受け入れにくそうなエピソードに対しても、そこまでキツイ反応がない。その違いって何だろう? って。

福部:ドキュメンタリーのほうが情報が速く深く届くのですが、いまの世の中は、それを受けとめる体力がないのかもしれないですね。

細川:「ねほりんぱほりん」は司会のふたりもユーモアがあっていいですよね。

福部:確かに。エピソードが過激でも、司会のふたりがかなり緩和していますよね。

広告に「実」を求める一過性ではない潮流

河尻:細川さん自身は、どんなものに興味があるのですか。

細川:ポスト資本主義に興味があります。以前、福部さんと対談したときに、「だったら、政治家になればいい」と言われたのですが、逆なんです。私たち一人ひとりの問題なのに政治に任せっぱなしにしているのが、おかしい。政治に奪われているものを暮らしのなかに取り戻すべきで、広告はそういった動きにも寄与できるのではないかと思っています。

福部:でも広告こそ、資本主義の最前線ですよね。

細川:だからこそ、なんですが、それに対しては「交差交換」という考え方があるのですよね、小野さん。

小野:「交差交換」は、今号の巻頭対談(「84 虚実と世界」)で哲学者の清水高志さんと話したとき出てきたキーワードです。ものをつくったり届けたりするとき、お金との交換に集約しがちですよね。広告でメッセージを伝えて人が幸せな気持ちになったとしても、そのよさは最終的に数字で評価される。そういった話から、清水さんが「交差交換」という言葉を教えてくれました。人類学の言葉らしいのですが、人とものが協働してネットワーク的な環境がつくりだされ、その相互の働きかけを通じて、人もものも従来想定されていた限定的な振る舞いを離れ、置き換わっていく。こういう交差交換が豊かになっていけば、貨幣と商品だけからなる交換の世界を変容させることができるはず、という考え方です。

細川:これからのマーケティングは、そういう形もとれるという話でしたよね。

福部:それがうまくいっている例とかありますか?

細川:それこそカンヌの受賞作は、そういう傾向がありますよね。

河尻:カンヌではリーマンショック後の2010年頃から、広告の表現が社会貢献やソーシャルグッドなどにシフトチェンジしていきました。当初は、いままでとは違う「虚」の形を提示したブームだろうと思っていました。しかし、この10年見続けてきて、一過性ではないことがわかった。いまだに議論はあり、世界が一枚板になっているわけではありませんが、社会的な「実」を広告していこうという流れは、これからも続いていくと思います。細川さんが手がけた「アテント」や「パンテーン」のキャンペーンは、その流れを踏まえたものですよね。

細川:そうかもしれません。

河尻:「ポスト資本主義」という方向性は私も興味あります。その前に、20世紀の広告がどうなっていったのかを振り返りたくて、ジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』をいま読み直すと、すごくおもしろい。無限の差異化によって、虚に虚を塗り固めて新しい価値をつくっている広告やメディア産業を1970年の段階で批判しています。彼は同時に、それはやがて解体されると予言しているんです。その根拠は書いていないのですがある意味当たっている。今号の『広告』で僕が書いている原稿は、そのあたりのことを書きました。広告の「虚実」を考えるとき、どうしてもそこは無視できなくて。

小野:炭素税という仕組みは、お金以外の交換の例のひとつだと思います。環境への貢献度が税金の指標になっているのは、単なる20世紀的な資本主義の市場経済ではなされなかったアクションです。その一方で、サンタクロースのような情緒的なことを届ける、単なるお金の交換ではない社会貢献というアクションもありますよね。企業がどんなアクションを起こすのか。いまは、その内容が問われ、トピックになる時代なのだと思います。

河尻:広告業界は、いわゆる資本主義の流れとは違う社会に対して準備ができているのか。パーパスも注目を集めていますが、日本の広告業界は対応していけるのでしょうか。

細川:ちょっと話は違うかもしれませんが、SNSのような声を届けるテクノロジーは整ってきましたよね。それに伴い、いままで声にならなかったものを可視化することができ、オープンにできるようになりました。そういった声を集めて、本質的にいいことに使う。それは広告にもできることだと思います。一方、ターゲティングをして消費を煽っていくようなことにも、テクノロジーは使うことができる。テクノロジーをどっちの方向に活用していくか、個人的に気になっています。

清水:虚実というテーマなので、自分はなぜ「虚」を恐れているのか考えてみました。その理由のひとつは、悪意のある「虚」にだまされて、害されたくないからだと思います。世の中の「虚」と「実」を見抜いて、周りに振り回されずに自分が何を選択し信頼していくかが大事だと思っています。以前、タモリさんがNHKの番組で、資本主義が行き詰まったとき、ヒントになるのはボランティアみたいな精神じゃないかと言っていました。それがずっと引っかかり、忘れられずにいます。

それから、ボランティアにおける自主性や社会性について考えていくなかで、広告をつくるときに“起源を探ること”を大事にするようになりました。諸説ありますが、音楽の起源は祈りだったり、買い物の起源は物々交換で、コミュニケーションをしたいという欲から広まっていったと言われていたり。このようにいろいろな起源をたどると、人間の大事な根本の性質に気づかされることが多く、そのほとんどに実的なものを感じました。だから、日々の生活のなかでも、商品やサービスにピュアな良心のようなものを感じるかどうか、見極めるようにしています。SNSを見ていて思うのは、最近はみんな、嘘か本当かではなくて、「どの嘘だったらだまされてもいいか。これは信じる価値があるか」など、そういった価値観で判断しているんじゃないか、とも思ったりします。

河尻:広告業界では、なかなかできなかった話ですね。福部さんどうですか。資本主義に対して、広告業界はどう向きあえばいいと思いますか。ポスト資本主義社会における広告クリエイティブとはどういうものなのか?

福部:岡田斗司夫さんがご自身のYouTubeで「信頼や評判は簡単にマネタイズできるけど、信頼をお金で買うことはできない」という話をしていました。確かに、前澤友作さんはSNSを通じてお金を配っていますが、それによって信頼されているとは言い難い。一方、お笑い芸人の江頭2:50のように、本音しか話さないという信用によって、「好きなYouTuberランキング」では2年連続1位を獲得しているケースもある。その差はマネタイズの順番の違いでもありますよね。

河尻:信頼を得て、その資本をマネタイズにつなげていくということですね。

理想の資本主義に近づくほど必要となるパーパス

福部:ぶっちゃけて言えば、広告業界の人がパーパスに取り組んでいると、個人的には嬉しいんです。自分は、そっちに行かないので。パーパス的に企業のタグラインを変えても、いい方向に行くとは限らないと思っています。

細川:みんながパーパスに取り組んでいる間に、福部さんはどこに行くんですか。

福部:何だろうな。どこに行くっていうより、パーパスが流行る前のコピーの書き方を変えずにいようというのはありますね。以前、現存している最古の広告について調べたら2,500年前のエジプトのパピルスに書かれたものだったんですけど、「年老いてもこれで若返ります! 100万回実証済みです!」みたいな内容で(笑)。50年100年の話じゃなくて、2,500年前とだって変わっていない。人が狙うところと狙われるところは同じなんですね。

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河尻:
清水さんは、パーパスについてどう考えていますか。

清水:僕もパーパスを重視するタイプではないのですが、自分の欲求のピュアな部分がどこにあるのかは、考えるようにしています。音楽のどこが好きなのか。いつどんな風に感動するのか、そもそも、なぜ人は音楽が好きなのか。カラオケでなぜ歌いたいと思うのか。そうした人の欲求のことばかり考えています。

福部:パーパスの逆ですよね。「歌は祈り」いう話とも通じますよね。歌は楽しくつながるものだからという考えから、何かを生みだそうとしていない。TFTは、神事のようにも感じられる。

清水:沖縄民謡の成り立ちにも興味があります。沖縄民謡のいくつかで、明るい曲調で悲しい歌詞という特徴の曲があります。そんな明るくて悲しい歌を、葬儀のときに朝までお酒を酌み交わしながら歌う。それを聞いたとき、音楽にはそういう役割もあるのだと知りました。沖縄民謡が持っている本質をどうやったら形にして伝えられるか。そういうことを考えています。

広告は思い込みや常識を1秒で変える力がある

河尻:細川さんが言っているような理想の資本主義に近づくほど、パーパスと言わざるをえないと思います。広告の役割を再定義するなかで、何らかベースになる理念が必要ですから。ところが、世界や西欧圏の状況とは違うので、日本に入ってきたら微妙な感じになっているのも事実。新しい「虚」をエンパワーするためのバズワードのように受け取られ、本質が伝わっていないとも言えます。

細川:最初にお話したように、大学で勉強していた人類学と、いま手がけている仕事が近づいてきた感覚があります。人類学は、西洋の常識と違うコミュニティがあることを明らかにしていった学問です。西洋の常識では見えなかった文化や行動、社会構造を明らかにして、言語化して残してきました。広告の仕事でも、いままで常識とは思われていなかったけれど、これからの新しい常識にしたほうがいいことを言語化して伝えていきたい。と言いつつも、それは個人的な嗜好であって、広告全体がそうあるべきとは思っていません。

福部さんを褒めるのは悔しいけど(笑)、TCCのグランプリを受賞した大塚製薬さんのカロリーメイトのコピー「見えないものと闘った1年は、見えないものに支えられた1年だと思う。」は、これまでのつらい日々を、いままでとは違った風景にしてくれた。広告は、常識を1秒で変えられる可能性があると思うんです。少しおこがましいかもしれませんが、そういう力があると信じているし、私もそういう広告をつくりたい。パーパスから考えるというよりは、思い込みを変えたいんです。常識と思っていることが、常識とは限らない。新しい視点の提示ができたらいいなと思っています。

福部:アテントの場合、「オムツじゃなくてパンツと呼ぼう」という投げかけは、まだ途中形態ですよね。いま僕はヒートテックを履いているのですが、「モモヒキ」だったら履いていなかったと思うんです。名前だけじゃなくて素材や色も変わり、イノベーションが起きて誰もが気軽に履けるものになった。そう考えると、アテントの取り組みは、まだ先がありますよね。紙おむつと紙パンツは近い言葉なので、もう一歩先に何かあるのかもしれませんね。

河尻:そういった視点で商品やサービスについて考えられることが、広告のおもしろさでもありますよね。

企業活動や広告にどうコミットしていくか

小野:この10年、広告業界ではソーシャルグッドなものが増えてきました。パーパスもそのひとつで、企業やブランドの社会的意義や存在意義など、儲けることや売れることとは別の社会的な意義を発信しなければいけないという風潮になっています。とはいえ、それが手法化すると形骸化されて「虚」のようになってしまう。そんな状況のなかで、世の中に広告を届け、企業の成長や企業活動になんらかの貢献していくときのスタンスを教えてください。どういう態度で、クライアントや社会と向き合っていますか。

福部:仕事をする企業の「味方になりたい」と思えるかどうか。そこは仕事を引き受けるうえでのポイントです。あと、僕はスタートアップの仕事は怖くてできないんですよね。新しい芽吹きであるとは思いますが、いままで出会ったスタートアップは、誰のためにやっていることなのか、共感できないことが多かったんです。社長がずっと上場したいとしか言わないとか。ある程度の広告費が捻出できる企業というのは、みんなに支えられている、ファンがいるということでもあるから、そこもひとつの指標ではあります。

虚実に対する考え方で言うと、まず先に嘘をついて、本当のことをあとから言うのは、ある種「技術」だと思うんです。広告表現のテクニックとしてもありますよね。でも、「実」に見せて、本当は「虚」であるというのはダメですよね。フェイクニュースになってしまいます。順番の問題かもしれませんね。この「実」を伝えるためには、こういう「虚」というかイマジナリーが必要ですね、というのは有りだと思います。

清水:売ること、儲けることを目的につくられたブランドや商品ではなく、職人が「これをつくりたい」「みんなに食べてもらいたい」といった気持ちから生まれたものに、僕は共感します。そういった職人の思いに光を当てて、世の中に出すために貢献できたらいいなと思っています。

細川:私は、早くポスト資本主義になってほしいと思っています(笑)。いまの資本主義の指標は、成長していないと評価されず、お金を稼ぎ続けないといけない。地元で安定して頑張っているとか、誰かを幸せにしているとか、未来の役に立つとか、そういうことも評価基準の経済になることを望んでいます。

福部:でも、そうなったら僕らの仕事がなくなる可能性はありますよね。

細川:一人ひとりの生活者の声を届けるという活動はなくならないと思います。声にならない声を届けたり、翻訳してわかりやすく伝えたりする、そんな私たちの技術は役に立つはず。メディアの語源は巫女であるというのは、有名な話ですよね。声にならない声を聞いて、わかりやすく伝える。そういう活動は、昔からずっとあるのでなくならないと思うのですが……広告を美化しすぎですか?

福部:だって広告するとしたら、そのためのお金が必要だからね。

細川:ポスト資本主義は、お金が指標じゃなくなるかもしれない。

福部:そうなると、外注されなくなるかもしれませんね。シャープの好感度を上げている公式Twitterアカウント「@SHARP_JP」のなかの人は、シャープの社員ですし、ポスト資本主義でお金が指標じゃなくなったら、内製化に戻るかもしれませんね。とはいえ、外部の人だから気づけることもあります。社員だと自分たちの常識に縛られていたり、価値や魅力に気づいていなかったりすることもあるので。あと、確かに「実」だけど、そのまま届けると嘘くさいというのもある。その変換が必要なんです。たとえばビールの広告は、各社ともセオリーどおりすぎて嘘くさい。リアリティがないと思います。

河尻:嘘くさいと感じるのは、受け取る側が「虚」を「虚」として受け取るからなのでしょうか。

福部:2,500年前から変わっていないメソッドでもありますよね。そんなわけないけど、ひょっとしたら本当かもしれない、と人は期待するのだと思います。

虚をつくるための体力

小野:視聴者の方から質問が届いています。「虚」というものを想像力、イマジネーションととらえれば、ネガティブではなくポジティブですよね。そもそも自分たちにとって意味があるものと感じるには、つくり手の内発的な強い力が必要だと思うのですが、どう思われますか、という質問です。

清水:僕は音楽が好きなので、音楽が好きだったからTFTの企画が生まれたんですよね? とよく言われます。実際そのとおりで、音楽のことが好きだから、音楽にまつわることや、その表現について、「虚」や「実」のことも考えています。そういった情熱のようなものがあるかないか。受け手側は、敏感に感じるものですよね。僕自身のエネルギーの使い方は、好きなことを一方的に押し出すだけではなく、引いたり、自分が消えたりすることも大事なことだと思っています。

河尻:そこを含めてのコントロールですね。

細川:私は、広告の先にいる具体的な誰かを思い描いてつくることが、原動力になっています。アテントのオリエンのときも、子どもには迷惑かけたくないと、介護の問題を抱え込んでいる老夫婦の存在を聞いたのです。どちらかが亡くなったら後追うことを決意しているというお話でした。そのように「“助けて”と言えない社会をどうにかしたい」というクライアントの思いを聞いたとき、やるべきことが頭に思い浮かびました。

パンテーンの仕事でも、女子高生たちにインタビューをすると、校則に何も納得していないけれど、先生に言っても仕方ない、卒業するまでの我慢だと諦めていました。そういった、社会のルールは変えられないと思い込まされている若い人たちのことを思い浮かべながら企画を考えました。単に高齢化社会をどうにかしたい、校則を変えたいという思いだけでは、やる気がここまで起きなかったと思います。

河尻:個人の顔が見えるのが原動力になるんですね。

細川:そこがつくり手の覚悟になるのだと思います。

福部:パーパスは目的と訳されていますが、初期衝動とも言えますよね。清水さんはオリジンを探ると言っていましたが、僕も企業の社史を読むようにしています。なぜ、この会社は、ここまで大きくなったのか。続いている理由は何か。そこ探ることが「実」があると思います。

ほとんどの広告がセオリーどおりの表現という現実

小野:みなさんが手がけているコンテンツや広告はどれも志があり表現も素晴らしく、同じ広告業界で働く仲間として憧れます。ただ、テレビを見ていると、みなさんが手がけているような広告はほとんどないのが現実です。海外でも同様でカンヌで評価されているような表現を見かけることは、ほぼありません。先ほど福部さんが話された、ビールの広告がセオリーどおりでつまらないというのは、ビール業界だけの話ではないと思います。その一方で、セオリーどおりの広告が必要なこともあるはずです。そういったことに対して、どんな問題意識を持っているのかお聞きしたい。みなさんどう思われていますか。

福部:テレビを見ているとき、目を奪われるようなテレビCMが次々流れてきたら、同業者である自分は食いっぱくれるので不安になると思います。勝てないと思う表現を見たら焦るし、職業人としては苦しいことです。だから、セオリーどおりのおもしろみのないCMが次々流れてくることは、広告の「のびしろ」であり、自分にとって最高な状況とも言えます(笑)。

清水:先日、祖母が亡くなったんですが、その影響から、亡くなるその日に新しいシャツを着たら気持ちがいいものなのか想像してみました。新しい服を着ることは、気持ちがいいですよね。亡くなる直前であっても、そう思うことができるのか。結論は、僕はきっと嬉しいだろうと思った。新しい何かに気づくことは、亡くなる直前まで続いていくものなのではないか。だったら、同じことを繰り返すよりも、いままで触れたことがない新しい感覚に触れるものがつくりたい。いままで以上に、そう思うようになりました。

河尻:どの年代の人も気持ちよくはける下着とか、つくりたいですね。

清水:清潔で気持ちがいい、嬉しいと感じるのは、人が持っている純粋な部分ではないかと。いつでも新しい気持ちにさせてくれる、小学館の広告「ピカピカの一年生」や、テレビ番組「はじめてのおつかい」とかが大好きなんです。そういった、新鮮な気持ちを与えてくれるような広告をつくっていけたらいいなと思っています。

あと、TFTの一発撮りのよさは写真家に共感されることが多いのですが、どんなにシャッターを切っても結局いちばんいいのは最初に撮った1枚目の写真。撮れば撮るほど、構図をよくしようと欲が出てくるから、最初の1枚目は超えられないそうです。そんな初期衝動から生まれるものは、ピュアで尊いと思います。

福部:確かにそうですね。僕も、広告のモデルとして芸人さんを起用したときは、テスト本番で必ずカメラを回すようにしています。舞台を主戦場としている方は、とくに本番に強いですからね。最初に撮ったものが、いちばんいい表現になることは珍しくありません。

河尻:お笑いもそうだし、生の演劇とか演奏、つまりライブものは”ファーストテイク”に虚実皮膜のおもしろさが集約されますよね。下手に繰り返すと虚の感じが強くなる。僕はモダンジャズをやっていたので、一発勝負には魅力を感じます(笑)。ファーストテイクは、その場でしか起こらないことがありながら、「虚」と「実」の両方が混ざった状態をつくりやすい。このトークイベントもファーストテイクですよね。

細川:私は広告にタレントさんを起用する際、タレントさん本人が育ててきたカルチャーを広告が消費しないように気をつけています。むしろ、広告は新しくチャレンジをする場であるべきです。新しいチャレンジのない表現は、つまらないですよね。

福部:確かに、その人の意外な一面は見てみたい。

細川:何かしら初めてのチャレンジがあれば、出演するタレントさんにとって広告は大事な場になれるし、企業にとっても新しい面を出せる場になれるはずです。だけど、なぜか多くはいままで見たことがある表現ばかりで、消費されていく。でも商品によさがある限り、広告で新しい視点は伝えられます。どんな些細な一歩でも、広告は生活者に気づきを届けられるものですよね。

河尻:ファーストテイクというのは、初期衝動。福部さんが言う初期衝動は、なんとなくパーパス的な議論にまで繋がっていく。つまり、初期衝動には嘘がないんです。「オーセンティック」という言葉を説明するとき自分は「本質・本気・本音」と意訳してるのですが……いや、今日はおもしろかった。本気&本音の本質的なお話が聞けて。まだまだ話し足りないですが、だいぶ時間が過ぎてしまったので終わりたいと思います。ありがとうございました。

文:西山 薫

清水 恵介(しみず けいすけ)
1980年生まれ。クリエイティブディレクター、アートディレクター、コンテンツディレクター。2009年TBWA HAKUHODO入社。2019年、YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」を企画・クリエイティブディレクション。登録者数651万、総視聴回数22億回を超える。クリエイターオブザイヤー2018メダリスト、Campaign誌クリエイティブパーソンオブザイヤー2019、カンヌ金賞、NYADCグランプリ、ACCグランプリ、YouTube ゴールドクリエイターアワードなど多数受賞。

福部 明浩(ふくべ あきひろ)
catchクリエイティブディレクター/コピーライター。TCC賞、ACC賞、ADC賞、広告電通賞など多数受賞。主な仕事に、カロリーメイト、日清のどん兵衛、淡麗グリーンラベル、麒麟特製レモンサワー、ホームタップ、クラシエHIMAWARI、Latte、漢方セラピー、日本マクドナルド、QUOカードpay、ユニクロなど。また、絵本を日本、中国、韓国で出版。「いちにちおもちゃ」「たべてあげる」など数冊を執筆。最新作は「いちにちじごく(PHP出版)」

細川 美和子(ほそかわ みわこ)
(つづく)クリエーティブ・ディレクター/ コピーライター。2021年末に電通を独立、クリエイティブ・ディレクター・コレクティブ(つづく)を設立。長く愛され続ける物語のあるブランド作りを志す。言葉を中心に、広告とPR、マスとソーシャルをかけあわせ、世の中といい関係を作るための挑戦を続けている。最近の仕事は、アテント「#常識をはきかえよう」、パンテーン「#この髪どうしてダメですか」、東京ガス「家族の絆シリーズ」など。国内外で受賞多数。海外賞も含め審査員を歴任。

河尻亨一(かわじり こういち)
編集者。1974年、大阪市生まれ。雑誌『広告批評』を経て現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰。取材・執筆から企業コンテンツの企画制作など、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を行なう。評伝『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』(朝日新聞出版)で第75回毎日出版文化賞受賞(文学・芸術部門)。翻訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』(左右社)がある。


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今回のトークイベントでモデレーターを務めていただいた河尻亨一さんには、雑誌『広告』虚実特集号でもご協力いただきました。現在、河尻さんに寄稿いただいた記事を全文公開しています。

105 広告に見る虚実
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博報堂が発行する雑誌。「いいものをつくる、とは何か?」を思索する“視点のカタログ”として2019年にリニューアル創刊。クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナーの小野直紀が編集長を務める。最新号の特集は「虚実」。