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70 「映画」コンテンツ流通の100年史

コロナ禍のなか、映画産業は「厳しい業種のひとつ」と言われている。ソニーの吉田憲一郎社長は、「COVID-19が落ち着いたとしても、映画事業の業績への影響は2、3年続くのではないか」と説明している。

だがこれは、単に「人が集まれないので映画が撮影できない」「映画館に人が集まれないので映画が公開できない」ことによる影響を示しているのではない。映画というコンテンツ流通の変化と複雑化が影響の長期化を招き、次への変化のもとになっているのだ。


コロナ禍で進んだ「劇場スキップ」

ザ・ウォルト・ディズニー・カンパニーは、2020年9月4日から、同社が運営する映像配信サービス「ディズニープラス」で、映画『ムーラン』の配信を開始した。本来『ムーラン』は、同年3月の劇場公開を予定していたのだが、コロナ禍のなか、劇場に人を集めるのが困難と判断された。だが、お蔵入りにすることはできない。収益確保のために、供給先を劇場から「映像配信」へとスイッチしたのである。

多くの映画は公開の延期を選択したが、映像配信へのスイッチを決めた作品も少なくない。トム・ハンクスの脚本・主演により制作された『グレイハウンド』もその1本。ソニー・ピクチャーズが配給権を得て、同年6月に公開を予定していたものの、劇場に人を集めて興行収入を拡大するのが難しいと判断、アップルの映像配信サービス「アップルTVプラス」で独占配信されることとなった。日本では、同年6月の公開が予定されていたアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』が劇場公開を断念し、ネットフリックスでの配信へと切り替えている。

映像配信ビジネスの好調とコンテンツ調達競争の激化を反映してか、「映像配信への切り替え」は収益をもたらしてはいる。『グレイハウンド』はソニー・ピクチャーズが配給権を放棄したのちに映像配信サービスによる獲得合戦の結果、「アップルTVプラス」が支払った獲得額は約7,000万ドルだったといわれている。『泣きたい私は猫をかぶる』は劇場公開ができなかったものの、ネットフリックスによる全世界配信に切り替わった結果、より多くのファンを集めることに成功した。ネットフリックスによれば、『泣きたい私は猫をかぶる』は、世界30カ国以上で“もっとも観られた映画TOP10入り”したという。

もちろん、いいことばかりではない。SNSでは、フランスの劇場オーナーが『ムーラン』の配信切り替えに抗議し、劇場の広報展示物をバットで破壊する動画が広くシェアされた。公開を盛り上げるために長く協力してきた劇場側としては、突然「あなた方は不要です」と言われたような気分なのだ。そのような感情が渦巻く背景を理解するには、映画館と映画の関係を振り返り、理解しておく必要がある。

テレビとビデオが映画を「ライブラリー」ビジネスにする

映画は1890年代に生まれた。スクリーンで上映する「劇場」という形態は20世紀に入るとすぐに大きな産業になっていく。「劇場」という言葉でおわかりのように、もともとは演劇・演芸から拡大したものである。演劇は舞台上の出来事をコピーできないが、映画はフィルムの形でコピーすることで、同じ体験をいろいろなところに広げることができた。安価にストーリーを伝える手段として優れていたので、安価な娯楽として普及するのは必然だった。

一般的に、映画館は「興行会社」とも呼ばれる映画館運営会社によって運営される。興行会社は映画制作会社の系列である場合と、独立した経営である場合に分かれるが、どちらにしろ、客が買った「チケット」を主な収入源とする。映画館は上映用フィルムを提供する「配給会社」に対し、一定額の売上を、フィルムの賃料として支払う。上映時期や映画の内容などによって賃料は変わる。賃料が安く抑えられるので、封切りから時間が経ったのち、上映権が安くなってから映画を流すところもあった。

さらに変化が起きるのは、1950年代以降、家庭にテレビが普及してからのことだ。当時のテレビによる視聴体験は、映画館とは比べものにならない粗いものだった。だが、自宅で気軽に観られることは大きなインパクトだった。大量の映像作品がテレビ向けにつくられるようになるが、同時に、不足するテレビ放送作品を補充し、注目を集めるために、映画をテレビでも流すようになっていく。そうした「テレビで放送される映画」は、封切りから時間が経って劇場では流れなくなり、商品価値が下がったものが多かった。

すなわち、テレビの登場によって映画の商品価値は多層化したのである。劇場の格や場所で分かれていた階層はより強化され、つくられた映画は映画会社のなかで「ライブラリー」化され、蓄積されるほどに収益源となっていったわけだ。作品が「流れる」ものから「蓄積される」ものへと変わった瞬間である。

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