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75 流通の変化は、漫画をどう変えるか

貸本から雑誌へ ── 日本の漫画流通のおこり

映画や音楽などと同様に、漫画もまた、時代の変化とともに新しい流通の形が生まれ、それはときに作品の中身にも影響をおよぼしてきた。

日本の漫画の歴史を遡ると、そもそも販売ではなくレンタル用として制作された貸本漫画が始まりとなっている。貸本屋自体の誕生は漫画の誕生よりも前、江戸時代初期の17世紀頃と推測され、庶民の娯楽を支えてきた。貸本漫画が普及したのは第二次世界大戦後。当時は書籍がまだまだ高価であり、多くの人が「買う」よりも「借りる」ことによって本を読むのが一般的だった。

『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる水木しげるももとは貸本漫画家であり、1958年に貸本漫画家としてデビュー、1960年からは『ゲゲゲの鬼太郎』の前身である『墓場鬼太郎』シリーズを貸本漫画として発表しはじめる。

その後、一般社会に書籍を購入する習慣が根付きはじめると、貸本は徐々に廃れ、入れ替わりで漫画雑誌が登場する。現在でも刊行中の日本最古の漫画雑誌は、1954年に講談社が創刊した小中学生向け少女漫画雑誌『なかよし』。3大少年誌と呼ばれるもののうち『週刊少年マガジン』(講談社)と『週刊少年サンデー』(小学館)が1959年に創刊。9年遅れで1968年に『少年ジャンプ』(集英社)が創刊した(創刊年は月2回刊行、翌年から週刊化に伴い『週刊少年ジャンプ』に改名)。

漫画雑誌と単行本とのセットは、今日に至るまで漫画流通の王道といっていい形態だろう。目当ての作品を読むために雑誌を手に取り、他作品と出会うことでその単行本を購入する契機となる。また、人気漫画の単行本を買うことで雑誌購入に繋がるといった形で、雑誌と単行本が相互に送客しあってきた。

また、アニメなどのメディアミックスをとおして人気が爆発するケースも多く、近年最大のヒット作といえる『鬼滅の刃』も、アニメ放送開始直後のコミックスの累計発行部数は350万部程度であったものが、約1年半で1億部以上という爆発的な発行増を記録した。

同じ雑誌の掲載作品同士がともに雑誌を盛りたて、掲載作品の大まかな傾向や一定の統一感が生まれ、ひとつのブランドとして認知され、また雑誌自体がプラットフォームとしての権威を得る。

雑誌連載という流通形態が作品内容におよぼす影響としては、読者アンケートというシステムによるものが大きいだろう。読者アンケートは、掲載作品の人気を序列化し、作品の掲載順や継続/終了の判断基準のひとつとして機能している。

これによって、毎話続きが気になる終わり方で締める、派手な見せ場をつくるといった努力が習慣化し、早期での終了を考慮してあらかじめ連載開始前に「長期連載の基準を満たした場合」と「早期打ち切りが決まった場合」どちらにも振れるようにプロットを立てるといったことが見られるようになってきた。

また、アンケートの動向を見て不人気なエピソードを早めに切り上げたり、人気のキャラをフィーチャーする機会を増やしたりといった「テコ入れ」もなされてきた。

古本・漫喫・レンタル ── 出版社が介在しない流通形態

上記はあくまで出版社が主体となった流通の形である。ここからは出版社が主導するもの以外の流通の形、古本屋・漫画喫茶・コミックレンタルの3種について取り上げる。

古本屋(古書店)は貸本屋同様、漫画が人々に膾炙(かいしゃ)する以前の江戸時代から長く親しまれてきた流通の形である。漫画もその登場とともに古本屋での取り扱いの割合が増えていき、安価に購入して楽しみたい層に支持されてきた。

1990年に1号店がオープンした古書店最大手のブックオフは2000年代に最盛期を迎え、一大チェーンと化した。しかし、2010年代に入るとアマゾンなどのネット書店も中古本を扱いはじめたことにより急速に店舗数を減らしていった。かつて渋谷センター街に構えていた大型店舗も2018年には閉店を迎え、少なくともリアル店舗での古本業は廃れゆく流通形態といえるだろう。

いっぽう漫画喫茶は、2000年代に入ってから台頭した流通形態。古本屋と違い、ネット隆盛のいまも勢いを残している流通形態といえる。

漫画を購入する習慣が根付いた現代に、所有にこだわらない人、安価でなるべく多くの作品を読みたい人、部屋のスペースが圧迫されることを避けたい人などのニーズにフィットし、多くは駅前の雑居ビルのテナントに居を構えている。

また、類似の業態である「ネットカフェ」の機能を併せ持つ店舗も多く、また(宿泊施設として営業されているわけではないものの)宿泊を目的に利用されるケースもあり、本来的な「漫画を読む場」としての利用に留まらない様々なニーズをすくい上げている側面もある。

そして「コミックレンタル」は漫画喫茶同様、ネット時代にも現役で勢力を伸ばしている流通形態だ。2004年に改正された著作権法で、これまで明確な言及が避けられていたコミックを含む書籍全般に対する「貸与権」の適用が認められたことを機に登場した。加えて2007年からは書籍レンタル使用料をレンタル業者から徴収、著作権者へ還付する制度が始まり、出版社と作家への利益の還元もクリアされる運びとなった。

上記のような経緯から、貸本が「貸与権」の観点から極めてグレーな商いであったのに対し、コミックレンタルは明確に遵法の流通形態として、いままさに規模を拡大している。

書店大手のTSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブも法改正のあった2007年にコミックレンタル事業へ本格参入。同年、日本最大級のオンライン中古書店イーブックオフを運営するネットオフが宅配型コミックレンタルサービス「コミかる」を開始。電子書籍の配信とレンタルを行なうパピレスが運営する「Renta!」はテレビCMを頻繁に放映しており、業績の好調ぶりを物語る。

ただ、上記の3つの流通形態には、漫画という商品の制作を担う出版社が介在していないため、作品の内容自体にクリティカルな影響を与えるものとは考えにくい。

ネット書店・電子書籍 ── ネット時代の到来

ここまではフィジカルなメディアでの漫画流通を論じてきたが、時系列に従い、ここからはネット時代の漫画の流通のあり方に触れていく。

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