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95 プロレスとは何だろうか?

雑誌『広告』

「絵ですね。作品です。頭のなかのビジョンには絵があるんですよね、確実に。究極まで追い込まれて、初めて絵になっていくような気がするんですよね」

1980年代に女子プロレスの一大ブームを巻き起こした、クラッシュギャルズのひとり、長与千種の言葉だ(※1)。1985年8月28日、大阪城ホールにてダンプ松本vs長与千種による「敗者髪切りマッチ」が決行された。極悪同盟対クラッシュギャルズ、わかりやすいヒール(悪役)対ベビーフェイス(善玉)の対決だが、勝利したのは、ダンプ松本だった。当時、テレビ局には抗議の電話が殺到したと言う。そして、大阪城ホールには、女性ファンを中心とする1万人の泣き声が響いた。髪を切られる長与、泣きながら止めようとするパートナーのライオネス飛鳥、情け容赦なくバリカンを入れるダンプ松本、泣き叫ぶ若手女子レスラー。確かに、それは「絵」であり「作品」だった。
この長与のコメント、およびこの試合がプロレスの一側面を見事に表現している。プロレスとは「絵」にも「作品」にもなりうるのである。

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1985年8月28日、大阪城ホールにて決行されたダンプ松本vs長与千種の「敗者髪切りマッチ」。試合に敗れ、髪を切られる長与千種(中央)、情け容赦なくバリカンを入れるダンプ松本(左)、泣きながら止めようとするライオネス飛鳥と若手女子レスラーたち 画像:東京スポーツ新聞社

プロレスを題材に、虚実について考える。プロレスは虚と実が入り乱れた世界だ。さらには虚が実を超える瞬間がある。
小学校の教室で男子生徒が語り合ったような「プロレスは真剣勝負か八百長か?」という二元論はあまりにもつまらない。プロレスは最強か、最高か。ハイブリッド格闘芸術とも、ジャンルの鬼っ子とも言える、このプロレスというものについて考察する。あえて、徒然なるままに、のらりくらりと語ることによって、その本質に迫る。

プロレスと虚実、私が見てきたもの

アラフィフの私は、団塊ジュニア世代であり、就職氷河期世代である。同時に、プロレスの「ゴールデンタイム世代」でもある。
小学校に入った頃、テレビ朝日系の「ワールドプロレスリング」が金曜夜8時に生放送されていた。アントニオ猪木が創設した新日本プロレスの試合を実況生中継する番組である。アントニオ猪木、長州力、藤波辰爾、タイガーマスク、外国人レスラーではアンドレ・ザ・ジャイアント、ハルク・ホーガンなど、スター揃いだった。

タイガーマスクの「四次元殺法」に夢中になった。まわし蹴り、空中殺法、スープレックスの流れるような展開は、まるでアクション映画のようだった。その金色の虎のマスクに手をかけ、剥ぎ取ろうとするライバル「虎ハンター」小林邦昭の暴挙に、本気で怒りがこみ上げてきた。小林邦昭のもとには、カミソリが同封された脅迫状が何度も届いたという。「闘いのワンダーランド」「過激なセンチメンタリズム」など名フレーズを連発する古舘伊知郎の実況も楽しみだった。当時、若手アナウンサーだった彼は、その後、F1の実況や、「報道ステーション」でブレイクする。彼のプロレス実況は、もはや文学であり、作品だった。アントニオ猪木対ハルク・ホーガンで、猪木が舌を出して失神した際の「ここで猪木コールだ! 乾ききった時代に送る、まるで雨乞いの儀式のように、猪木に対する悲しげなファンの声援が飛んでいる!」というフレーズは神がかっていた。舌を出して失神することは医学的にありうるのかなどの疑問の声もあったが、私にはどうでもよかった。毎週、生放送の終了ギリギリに試合が終わることに疑問を持ちつつも、熱狂した。

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1983年6月2日に開催された第1回IWGP決勝リーグ戦の優勝戦、アントニオ猪木対ハルク・ホーガンの闘いで、ホーガンにアックスボンバーを叩き込まれた猪木は場外に転落。舌を出して失神する衝撃的な姿から、「猪木舌出し失神事件」としてプロレス史に刻まれた 画像:原悦生氏撮影

日本テレビ系の地元局では日曜の深夜に「全日本プロレス中継」が放送されていた。小学校低学年の私にとって、夜ふかしはつらかったのだが、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎と、スタン・ハンセンなど外国人レスラーとの熱闘に興奮した。月曜の学校は、いつも睡魔との闘いだった。

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2022年3月1日に発行された雑誌『広告』虚実特集号(Vol.416)の全記事を公開しています。

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博報堂が発行する雑誌。「いいものをつくる、とは何か?」を思索する“視点のカタログ”として2019年にリニューアル創刊。クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナーの小野直紀が編集長を務める。最新号の特集は「虚実」。