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39 椅子にとって著作とは 〜 ウェグナーの『Yチェア』に見る、椅子のオリジナリティ

プロダクトデザインの歴史のなかで、椅子というアイテムは長く特別なものと位置づけられてきた。時代、地域、階層などを超え、椅子が幅広い人々にとって日用品でありつづけてきたことが大きな要因だろう。人々が日常的に触れ、座り、間近で目にすることから、その機能性や審美性は誰にとっても意識しやすい。また住空間だけでなく仕事場や公共施設にも欠かせないプロダクトであり、産業としても充分な規模がある。こうした点を背景に、椅子のデザインは豊かに発達し、無数のバリエーションを生み出してきた。このテキストでは、ハンス・ウェグナーが明代の中国の椅子を原型として1940年代に完成させた椅子『Yチェア』を題材に、制約と可能性の間でオリジナリティを追求する「椅子のデザイン」の発展を考えたい。

木の椅子の脚はなぜ4本か

「スタンダードな椅子を思い浮かべてください」と言われたら、図1のようなものをイメージする人は少なくないだろう。座面があり、背もたれがあり、4本の脚がある椅子の形である。この形は、とくに素材とは結びついていないように見えて、実は木の椅子に特有の形態をそなえている。

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図1

たとえば脚が4本なのは、棒状の材料を効率よく用いることと、椅子全体を安定させることを両立させるため、木の椅子において古くから発達してきた形態である。金属のように強度の高い素材であれば、脚が4本であることに必然性はない。それは、スチールパイプを折り曲げて用いた最初期の椅子であるマルセル・ブロイヤーの『ワシリーチェア』(1925年)の脚部がふたつの矩形からなることや、やはり彼の代表作の『チェスカ』(1930年)が前脚のみのキャンチレバー(片持ち構造)であることから明らかだろう。

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マルセル・ブロイヤー『ワシリーチェア』(1925年)
引用元:『世界の名作椅子ベスト50』(デザインミュージアム、エクスナレッジ、2012年)

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マルセル・ブロイヤー『チェスカ』(1930年)
引用元:『世界の名作椅子ベスト50』(デザインミュージアム、エクスナレッジ、2012年)

また図1では、座面と背もたれは別のパーツで構成されている。座面がプラスチックであれば、両者を一体のシートとして成形することは難しくない。そのほうが全体の形状を滑らかにして、人の体に沿う曲面をつくることができ、低いコストで量産できる。脚部についても、プラスチックは造形の制約と強度の点から、4本脚は必ずしも最適解にならない。1960年代にはすでに、背もたれ、座面、脚部を一体としたプラスチック製の椅子がデザインされ、現在まで広く普及している。代表的なものが、ヴェルナー・パントンによる『パントンチェア』(1960年)である。

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ヴェルナー・パントン『パントンチェア』(1960年)
引用元:『別冊太陽 デンマーク家具』(山根郁信、平凡社、2014年)

近代デザインの歴史において、初めて工業生産された椅子は、ミヒャエル・トーネットによる『No.14』(1859年、現行品『214』)とされている。当時、木の椅子をつくるには職人的な技工が不可欠であり、安定した品質で大量生産を行なうことは困難だった。木工家具会社の経営者でもあったトーネットは、高温の蒸気によって木の棒を熱し柔らかくしてから、金型に固定して一定の形状とする曲げ木の技法を確立する。この手法では、木材本来の強度を損なうことなく同一の形状のパーツを量産できた。こうして製造したパーツをボルトによって組み立てることで、木の椅子を安価に工場生産することが可能になった。

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ミヒャエル・トーネット『No.14』(1859年、現行品『214』)
引用元:『ストーリーのある50の名作椅子案内』(萩原健太郎、スペースシャワーネットワーク、2017年)

もしもこの椅子の脚部が3本であれば、座ったときに重心がずれやすく、ときには転倒する。とくに背もたれがあることで着席時に横方向の荷重がかかるため、安定性は充分に配慮されなければならない。後脚の先端が外側に広がっているのも、やはり安定性を増すための形状である。3本脚の椅子は、屋外や土間のように凹凸のある場所では4本脚よりも安定するとされるが、その場合は脚部の構成に合わせて座面の形状などを工夫する必要がある。

一方、『No.14』の脚部が5本以上である必要もない。4本脚には人の重さを支える強度があり、脚を増やすと構造や工程を複雑にしてしまう。5本脚は4本脚より安定性は増すが、一般的な使用においてはオーバースペックなのだ。バウハウスで学んでいたブロイヤーは、アフリカの民族的な椅子にインスパイアされた5本脚の木の椅子『アフリカン・チェア』を試みたが、こうした例はきわめて珍しい。ちなみにキャスターつきの椅子は通常の椅子に比べて不安定になりがちなので、オフィスチェアは脚部の下部が5方向に分かれているものが多い。

トーネットの曲げ木の椅子以来、約1世紀半にわたり無数の椅子がデザインされ、世の中に広く行き渡ってきた。それでも、私たちが思い浮かべる椅子には、そこに見られる木の椅子の特徴が反映されていると言える。ただし、木を用いた椅子のデザインの源流は、さらにはるかに時代をさかのぼることができる。

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