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80 「おてんとさまが見てるよ」



「おてんとさまが見てるよ」

そんな母の台詞が脳裏に浮かべば、わるいことはよそう、と踏みとどまれるものだった。

誰かのお菓子をこっそり食べるとか、親の財布から少しねこばばするとか、道端にゴミをすてるとか。そうした類の悪事には極力手を染めない、そんな子どもだった気がする。目の前に誰もいなくたって、おてんとさまが見ているんだから。

しかしここ最近、おてんとさまの守備範囲がずいぶんと手広くなり、ついには日陰の果てまで行き渡ってしまったように感じている。ゴミはゴミ箱へ、だけじゃヨシとされない世の中になってきているんだもの。


下水にまで配慮してこそ、真のファッショニスタ

数年前、地球や社会が抱える問題の深刻さに気づいた私は、あまりにもショックを受けた。これまで「わるいことはよそう」と生きてきたにもかかわらず、自分は無知なだけで、どうやらかなり、搾取に加担していたらしい。ショッキングな現実にひとしきり落ち込み、しばらく停滞したのち、「理想的な消費者」になろうと志した。

何かを買いたくなったときはひと呼吸置き、まずは手持ちの品で、うまいことやりくりする。壊れたものは直せばいいし、ないものはつくればいいし、誰かのおさがりを受け継ぐのもいい。そのうえでどうしても必要であれば、できるだけよい消費を心がける。

「よい消費」の内訳は、生産背景や流通過程や素材や環境負荷、そして経営者の思想や従業員のワークライフバランスに至るまで多岐に渡ってくるのだけれど、それらをいちいち調べるのは正直、めんどくさい。サクラではなさそうなレビューを総当りし、従業員の声を探し、不安なことがあれば企業に問合せ……そうしてスマホにかじりついているうちに夜が更けてしまう。ただ、あれもこれもと調べていくなかで、これは素晴らしいぞ! と惚れ惚れするような一品もあったりする。そうした「よい消費」たりうるものをツイッターやインスタグラムで紹介したりするのが、ここ数年の日課にもなっていた。

たとえばハロウィンなんかでキラキラのメイクをするのに、多くの若者はラメを使う。けれども通常のラメだとシャワーを浴びればそのまま排水口に、そしてあまりにも粒が小さいので途中で回収されず海まで辿り着き、マイクロプラスチックとして漂ってしまうことから、最近はユーカリの葉でできたラメを提供するブランド「ビオグリッツ(BioGlitz)」なども登場している。顔面デコるなら、そっちのほうがずっといい。いつの時代も「見えないところまでお洒落」するのが真のファッショニスタだと言われていたけれど、昨今のファッショニスタたるもの、下水の果てまで考える責務があるのだ。

目の前に並ぶ商品のきらびやかな魅力だけではなく、裏側までしっかり知ってから購入すること。買い物は投票だということ。透明性の高い、真摯な企業を支持すること。それは、これからを生きる消費者があたりまえに認識していくべき、地球に生きる者としての責任でもある。慣れきった生活様式を変えていくのはめんどくさいが、必要なことなのだ。

……と、そんな理想を掲げつつも、実情を白状させていただくと、いまは猫背になってこの原稿を書きながら、冷凍食品をレンチンして食べる朝の5時。原稿の締め切り前になると、料理する暇もなく、デリバリーや冷凍食品についつい依存してしまい、もちろん目の前にはゴミが増えていく。「ゼロウェイスト」といって、徹底的にゴミを出さない活動をしている模範的な生活者も多いなかで、私はときに劣等生だ。しかもよいことばかりSNSに書いて、やましいことは書かずにだんまり。二枚舌を使い分けてのうのうと暮らす私を、おてんとさまは見ているのだろうか?

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