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107 なぜ人はものをつくるのか 〜 認知考古学から見る古代の「もの」と「ものづくり」


「もの」にまとう何か

現代の「ものづくり」の多くは、ビジネス・産業・経済において「儲ける」ための手段として位置付けられている。市場経済で大量生産される「もの」は、実用的な機能だけでなく、装飾やブランドなど非実用な付加価値のようなものをまとい、差異化を図る。それは、生活者にとって機能や価格と同様に、購買するときの選択の基準にもなっている。
市場経済のなかで、付加価値のような何かをまとっていない「もの」を見つけることは難しい。「もの」はいつから、何かをまとうようになったのか。

そもそも、ものをつくるという行為は、様々な産業や市場経済が生まれる前から存在しているものだ。日本の「もの」と「ものづくり」の歴史をさかのぼると、貨幣が庶民に普及しはじめたのは奈良時代の頃。自由な売買によって「儲ける」という概念でものがつくられるようになったのは、平安時代〜鎌倉時代頃からと言われている。それ以前の、貨幣や市場経済がなかった古代、縄文時代や弥生時代、古墳時代でも、ものはつくられていた。

そんな原始的な人間の営みのなかには、どんな「ものづくり」の形態があり、「もの」と「ものづくり」の在り方や、「もの」と「人」、「もの」と「社会」の関係は、どのように変化してきたのだろうか。ここでは、市場経済が生まれるはるか昔の「古代」に焦点を当てて、実用と非実用をテーマに「もの」と「ものづくり」の起源を、認知考古学の視点で考察する。

人の心から歴史をひも解く「認知考古学」とは

考古学は、遺跡や遺構、遺物など過去の人工物から、経済や社会、文化を研究する学問だ。一方、認知考古学は、ものの物理的な役割ではなく、人の心に焦点を当てる。社会を最初に動かすのは、経済ではなく人の心であるという考えで、そのベースとなっているのが、社会学者のマックス・ウェーバー(1864〜1920年)の、資本主義はプロテスタントの精神から生まれたという考察だと言う。

「ウェーバーは、プロテスタントが勤労と蓄財で社会をつくり、それが資本主義をつくり、人の心が経済や政治、宗教も含めて、社会や文化をつくる可能性を見出した。歴史的にも、人の心の動きは重視されるべきこと。しかし、考古学はウェーバーとは真逆の考えで、経済から文化が生まれるというマルクス主義。人間は労働によって物質的な生産性を高め、合理的・科学的な思考を発展させてきたという『史的唯物論』にもとづき土器や土偶などの研究が行なわれ、文様や形に表れた人の心をベースに歴史を分析することはしてこなかった。それに対して世界の考古学者が異論を唱え、1970年に革新運動が勃発。それが認知考古学の誕生につながった」と、国立歴史民俗博物館教授の松木武彦氏は話す。

認知考古学には、様々な系統があると言う。松木氏をはじめ、日本の認知考古学者は、人の心の動きを生物学的反応と捉え、科学的な側面から歴史学の再構築を目指している。たとえば、どのような脳の働きによって、人はものをつくるのか。あるいは、ものが、人の心の動きや身体にどのような影響を与えたのか。人の心の動きからだけではなく、ものからも人の心の動きを発想する。「模様や形は、偶然の産物ではない。規則があり、サイエンスの対象になりうる。この考え方が日本の認知考古学では主流だ」(松木氏)

では、古代の人々の心の動きを、どうやって推測するのだろうか。松木氏は「実証はできないため、仮説を立てて、現象をもっともうまく説明するモデルを組み、検証する」と言う。人類学や社会生物学、認知科学などを横断した進化心理学を、古代の遺跡や遺物の在り方と照合するという分析・研究が行なわれている。
たとえば、土器の形や模様が人の心に訴えることと、雄のクジャクの羽の美しさを関連づけて説明する。雄のクジャクが持つ色鮮やかでゴージャスな羽は、飛ぶためのものではない。一見すると非実用だが、繁殖のために雌を惹きつけるという役割があり、そのために進化したものだ。

つまり、クジャクの羽は、雄と雌のコミュニケーションのためのメディアと見立てることができる。それと同様に、縄文時代につくられた有機的な造形の土器も、実用的な形ではないが、人と人をつなぐメディアのような役割があったのではないか。そういった仮説をいくつか立てて、そのなかで現象と整合性のあるモデルを見つけ出していくのだと言う。「日本において従来の考古学は実証型で、認知考古学はモデル型」と松木氏は説明する。

「無用」のものに「用」としての価値を与える心の働きが、特定の文化や時代や個人に限られた現象ではなく、私たちすべてが共有するヒト普遍の生物学的特質に根ざしている可能性を示唆している。 
──『美の考古学──古代人は何に魅せられてきたか』(松木武彦、新潮社、2016年)

実用的な「もの」の誕生

実用的なものづくりの歴史を振り返ってみよう。

世界最古の実用的なものは、石を打ち欠いて小さな刃をつけた単純な石器。ホモ・サピエンスが誕生する以前、アフリカ・タンザニア北部のオルドヴァイ渓谷などで発掘され、いまから約260〜150万年前頃まで使われていたと考えられている。
約60万年前には、ホモ・ハイデルベルゲンシスが持ち手のない、直接手で握って使う石斧をつくっていた。そのなかに、光沢のある美しい石を左右対称に仕上げた石斧がある。諸説あるが、雄のクジャクの羽やライオンのたてがみと同様に、男性が女性にアピールのために見せていた、つまりコミュニケーションに活用していたという説もある。

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約25万年前の、現在のイギリスで出土した、ホモ・ハイデルベルゲンシスによる左右対称の石斧。イギリス・ケント、スウォンズコム出土。南山大学人類学研究所蔵 画像:『美の考古学──古代人は何に魅せられてきたか』(松木武彦、新潮社、2016年)21頁より

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